2017年11月 7日 (火)

ふさわしくなれますように

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新しい一眼レフを購入。

どれにしようか迷い続けて、約1年あまり。

相談していた相手からも、呆れられるくらい迷って。

人によっては、なんでそんなに迷うのか・・というような事柄だけど、私にとっては、この機材にふさわしい私なのだろうかなどと、大真面目に悩んだ。

秋吉台に二回、久住に一回。

お供してもらった。いや、お供させていただいた。

このカメラにふさわしくなれますように・・・・呪文のように、しばらく、この言葉をつぶやくことになるのだと思う。

まだまだ、使いこなせない。

たかが趣味、されど趣味。

人から見れば、アホかいな・・・・の話。

ぐるぐるぐるぐる、どこまでも迷走。

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2017年10月10日 (火)

写真

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秋めいて寒いくらいと思っていたのに、今日は、なぜか、夏日。

季節は巡るという言葉が、だんだん曖昧になってくるような。

昨日、実家に寄ることがあり、母の本棚を眺めていて、一冊の写真集が目に留まった。

今までも、本棚をかなり整理してきたのに、見過ごしていた。

ある女性の石仏の写真集。

写真集をまとめる途中で、病に倒れ、闘病しながら完成させたものだとか。

その女性の言葉に、<石仏を撮るにあたって、作品としての完成度よりも、そこにあるように撮ることを心掛けた>という内容のものがあった。

もちろん、光は大切にするけれど、無理なライティングなどは施さないということ。

女性が亡くなられたあと、その思いに感銘を受けた方が、再編再版された写真集が今回私が手にしたもの。副題に【死ぬこともすばらしくありたい】とあった。

その再編を手掛けられた柳田邦男氏の講演会を母が聴きにいき、この写真集を手に入れたのだと思われ、柳田邦男氏のサインもあった。

そのような講演会を母が聴きにいったのかと、少しびっくりもした。

今回手にした写真集。なんだか、偶然とは思えない。

写真に限らず、正解はどこにもなくて、誰から強制されるものでもなくて、自分がしたいと思う方向へ、いつの間にか進んでいるものかもしれないなと思う。

ああだこうだと図ってみたところで、結局は、なるようになるというか、導かれていくというか。

なんとなく、ガサガサしていた気持ちが、スーッとなってきた。

 

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2017年9月27日 (水)

自分次第

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明日から、クラブ写真展が始まるので、本日午前中は設営で汗を流した。

この感じが大好き。

まるで学生のように、せっせとみんなで、作り上げていく感じ。

設営を終えて、ずらっと並んだ力作を見ていると、その力量だの行動力だの、さまざまな個性に圧倒されそうになる。

圧倒されて、いじけそうにもなる。

でも、自分次第と思いなおす。

自己満足と言われるかも・・とか、相変わらず下手だと言われるかも・・とか、

そういう卑屈な思いは、ぐっと飲みこんで、自分次第と思いなおす。

速度・技量・センスはともかく、心に叶うものを探し続けると言ったら、カッコつけ過ぎだけど、間違っても迷っても、そこだけは、変わらない気持ち。

 

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2017年9月25日 (月)

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9月に入ってから、孫の子守りに駆り出されて、二泊三日で東京往復。その際、急に思い立ち、三脚持参で、東京駅の夜景写真に一人で挑戦。

東京から戻って、翌々日、今度は、写真友達と二人、秋吉台の星景色に挑戦すべく、山の中で徹夜。

妙な集中力で、<写真って楽しい>と興奮状態だったけど、私の場合、必ずやってくる<反動>

どどどっと疲れが押し寄せてきて、夏風邪を引いて、そうなると、気も弱くなってきて、撮った写真も、どれもこれも、なんなんだこれはと見たくもない。

何をやってんだろう。

コンスタントに、少しずつ積み上げていきたい・・などと理想を述べつつ、結局、目先のことに振り回されて、右往左往している。

そして、いつものように、秋がきた。

心静かに、秋に浸りたいものです。

 

 

 

 

 

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2017年8月31日 (木)

どこからどこまで

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自分の年齢のせいなのかもしれないけれど、<老人論>みたいなものが、結構目につく。

先日、90歳代の女性が書いた、「60歳からの生き方」みたいな本を読んでいて、これは、なんで60歳からと題されているのかなあと疑問。

どう読んでも、90歳の生活意識を書かれている。その人にとって、60代の頃も今も変わらないということなのかな。

50歳に差し掛かったころ、まわりに魅力的な60歳代の女友達がたくさんいて、あんな60代になりたいなあと思っていた。

でも、この約10年のなんと早いこと。

結局、60代に差し掛かったからと言って、ファンファーレが鳴り響くようなチャーミングレディへの変身はなさそう。(まだ、あと5ヵ月ほど間があるけど)

ここからが還暦への境目などという線は自分の中にはない。

そして、中のよい同級生たちも、みんな、結局、同じような速度で老化(進化)している。

歳を重ねるというのは、そういうことだったんだなあ~と感じるこのごろ。

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2017年8月29日 (火)

24時間

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一日24時間。

<やりたいこと>と<やらねばならないこと>の比重を、ほぼ自由に配分できるのは何よりの贅沢なのだろうけれど、これがなかなか難しい。

<やらねばならないこと>の比重が大きかったころ、<やりたいこと>に費やせる時間がほんのちょっぴりだったとしても、その美味しさは格別だった気がする。

そうは言っても、その渦中にいるときは、<やらねばならないこと>に押しつぶされそうになっていたのも確か。

それはともかく、

昨夜、とても読みたかったはずの本が、居間の片隅で忘れ去られているのを発見。

「小さな幸せ大きな満足」の心を忘れているのは、<やらねばとかやりたい>とかの問題ではないのかも。

一個一個、大事に。

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2017年8月21日 (月)

徒然

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とある漁村の風景。

ニュースでは東京が雨続きで夏らしくないと報じている。

居住するエリアの、厳しい暑さからは想像もつかない。

厳しい暑さの中、日常の家事をなんとかクリアして、
暑いのに減らない体重のためにウォーキングをして、
少しながら仕事をして、
趣味の写真をちょこっと撮って、
ときどき、近隣の山を登って、

それだけやったら、十分だろ~夏!

と、叫びたくなる。

なんなんだろう、この妙な焦り。

もっと、心は涼やかでいたいのに、この<やっつけよう>感は、どこからくるのだろう。

BSの番組で、やたら出没してくる気がする、中高年向けの<元気になるサプリ>広告の映像のせいではなかろうか?

などと、人のせいにしてみる。

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2017年7月29日 (土)

気力

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レーザービーム!

と、息子たちが遊んでいた頃が、ずいぶん昔のような。

お母さんだった自分を、ときどき忘れてしまう。

でも、確実に、鏡の中の私は、おばあさんの道を突き進んでいる。

気力でもって、このおばあさん道から逃れたいとまでは思わないけど、気力でもって、わたしはわたしの道を行きたいとは思う。

昨日、相田みつお展覧会を美術館でゆっくり見た。

心を和ませるような言葉は、まあ、そうですね・・という気持ちで拝聴。

それよりも、おのれの未熟さについてクドクドあれこれ語りつつ、『一生勉強一生青春』(相田みつお展覧会より・・・)というような、這ってでも進みたいというような、青臭さ泥臭さを、より身近に感じる。

歳をとってからの気力は、ときに、はた迷惑なこともあるだろうけれど。

歳をとっても、レーザービーム!!と、自分への熱気を発射する人は面白い。

いい人ね・・と言われるより、おもしろい人ねと言われたいのか?

・・いや、言われたいというより、誰かからどう思われるとかいうことよりも、

心の中で、シュポっと炎を燃やし続けるような、孤独な心に憧れる。

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2017年7月22日 (土)

浜木綿

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下関 角島で浜木綿が満開と聞き、出かけた。

夜10時過ぎまで、星と浜木綿と灯台を絡めて、写真ともだちと撮影。

写真の出来は、そんなによくなかったし、蚊にもさされるし、脱水症になりそうだったし、汗と海風でベタベタになるし、決して快適なことばっかりではなかったけれど、楽しかった。

わたしは今年が初めてだったけれど、今年の浜木綿は、例年よりも花付きがよいそう。

角島は高校生の頃、まだ橋が通っていなくて、船で渡って泊りがけで合宿をしたところ。

今も美しいけれど、あのころは、観光地化されていなくて、素朴で、透き通ったコバルトブルーの海に囲まれて長閑で、自分たちも能天気で平和だったことを思い出した。

今も能天気だけど、やっぱりあのころみたいな能天気さは還ってこない。

それはそれで、幸せなのかな。

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2017年7月18日 (火)

向こうの世界

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小説「蜜蜂と遠雷」が面白い。

ピアノコンテストが舞台。

小説の影響を受けて、最近、久しぶりに、いくつかのピアノコンチェルトのCDを引っ張り出して、聴いてみた。

こんなによかったんだなと、改めて。忘れていたというより、年齢を重ねたから感じるものもあるのかも。

現実世界とは違う、目には見えないもう一つの世界。

人から見れば、だからどうしたというもの。

でも、それがあるから、現実世界も、テクテク歩いていけるもの。

年齢も、地位も、性別も、なにも関係のない、もう一つの世界。

プロと呼ばれる人が到達する世界は、想像もつかない。

けれど、その人たちが導き展開してくれるものを愛していくことはできるのだな。

・・・と、当たり前のことに感心している酷暑かな。

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