2017年8月31日 (木)

どこからどこまで

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自分の年齢のせいなのかもしれないけれど、<老人論>みたいなものが、結構目につく。

先日、90歳代の女性が書いた、「60歳からの生き方」みたいな本を読んでいて、これは、なんで60歳からと題されているのかなあと疑問。

どう読んでも、90歳の生活意識を書かれている。その人にとって、60代の頃も今も変わらないということなのかな。

50歳に差し掛かったころ、まわりに魅力的な60歳代の女友達がたくさんいて、あんな60代になりたいなあと思っていた。

でも、この約10年のなんと早いこと。

結局、60代に差し掛かったからと言って、ファンファーレが鳴り響くようなチャーミングレディへの変身はなさそう。(まだ、あと5ヵ月ほど間があるけど)

ここからが還暦への境目などという線は自分の中にはない。

そして、中のよい同級生たちも、みんな、結局、同じような速度で老化(進化)している。

歳を重ねるというのは、そういうことだったんだなあ~と感じるこのごろ。

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2017年8月29日 (火)

24時間

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一日24時間。

<やりたいこと>と<やらねばならないこと>の比重を、ほぼ自由に配分できるのは何よりの贅沢なのだろうけれど、これがなかなか難しい。

<やらねばならないこと>の比重が大きかったころ、<やりたいこと>に費やせる時間がほんのちょっぴりだったとしても、その美味しさは格別だった気がする。

そうは言っても、その渦中にいるときは、<やらねばならないこと>に押しつぶされそうになっていたのも確か。

それはともかく、

昨夜、とても読みたかったはずの本が、居間の片隅で忘れ去られているのを発見。

「小さな幸せ大きな満足」の心を忘れているのは、<やらねばとかやりたい>とかの問題ではないのかも。

一個一個、大事に。

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2017年8月21日 (月)

徒然

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とある漁村の風景。

ニュースでは東京が雨続きで夏らしくないと報じている。

居住するエリアの、厳しい暑さからは想像もつかない。

厳しい暑さの中、日常の家事をなんとかクリアして、
暑いのに減らない体重のためにウォーキングをして、
少しながら仕事をして、
趣味の写真をちょこっと撮って、
ときどき、近隣の山を登って、

それだけやったら、十分だろ~夏!

と、叫びたくなる。

なんなんだろう、この妙な焦り。

もっと、心は涼やかでいたいのに、この<やっつけよう>感は、どこからくるのだろう。

BSの番組で、やたら出没してくる気がする、中高年向けの<元気になるサプリ>広告の映像のせいではなかろうか?

などと、人のせいにしてみる。

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2017年7月29日 (土)

気力

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レーザービーム!

と、息子たちが遊んでいた頃が、ずいぶん昔のような。

お母さんだった自分を、ときどき忘れてしまう。

でも、確実に、鏡の中の私は、おばあさんの道を突き進んでいる。

気力でもって、このおばあさん道から逃れたいとまでは思わないけど、気力でもって、わたしはわたしの道を行きたいとは思う。

昨日、相田みつお展覧会を美術館でゆっくり見た。

心を和ませるような言葉は、まあ、そうですね・・という気持ちで拝聴。

それよりも、おのれの未熟さについてクドクドあれこれ語りつつ、『一生勉強一生青春』(相田みつお展覧会より・・・)というような、這ってでも進みたいというような、青臭さ泥臭さを、より身近に感じる。

歳をとってからの気力は、ときに、はた迷惑なこともあるだろうけれど。

歳をとっても、レーザービーム!!と、自分への熱気を発射する人は面白い。

いい人ね・・と言われるより、おもしろい人ねと言われたいのか?

・・いや、言われたいというより、誰かからどう思われるとかいうことよりも、

心の中で、シュポっと炎を燃やし続けるような、孤独な心に憧れる。

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2017年7月22日 (土)

浜木綿

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下関 角島で浜木綿が満開と聞き、出かけた。

夜10時過ぎまで、星と浜木綿と灯台を絡めて、写真ともだちと撮影。

写真の出来は、そんなによくなかったし、蚊にもさされるし、脱水症になりそうだったし、汗と海風でベタベタになるし、決して快適なことばっかりではなかったけれど、楽しかった。

わたしは今年が初めてだったけれど、今年の浜木綿は、例年よりも花付きがよいそう。

角島は高校生の頃、まだ橋が通っていなくて、船で渡って泊りがけで合宿をしたところ。

今も美しいけれど、あのころは、観光地化されていなくて、素朴で、透き通ったコバルトブルーの海に囲まれて長閑で、自分たちも能天気で平和だったことを思い出した。

今も能天気だけど、やっぱりあのころみたいな能天気さは還ってこない。

それはそれで、幸せなのかな。

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2017年7月18日 (火)

向こうの世界

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小説「蜜蜂と遠雷」が面白い。

ピアノコンテストが舞台。

小説の影響を受けて、最近、久しぶりに、いくつかのピアノコンチェルトのCDを引っ張り出して、聴いてみた。

こんなによかったんだなと、改めて。忘れていたというより、年齢を重ねたから感じるものもあるのかも。

現実世界とは違う、目には見えないもう一つの世界。

人から見れば、だからどうしたというもの。

でも、それがあるから、現実世界も、テクテク歩いていけるもの。

年齢も、地位も、性別も、なにも関係のない、もう一つの世界。

プロと呼ばれる人が到達する世界は、想像もつかない。

けれど、その人たちが導き展開してくれるものを愛していくことはできるのだな。

・・・と、当たり前のことに感心している酷暑かな。

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2017年7月15日 (土)

平常心

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久しぶりに、帰省している学生時代の友人二人とランチ。

親のこと、子どものこと、孫のこと。それぞれの近況を語り合った。

一見、一番たいへんそうな(仕事もして、遠距離介護もして、近所に住む子や孫の生活の手助けをしている)友人が、一番淡々としていて、ほぼ聞き役。

この穏やかさは、持って生まれたものなのかな。

もう一人の友人は、ガンガン家族の愚痴をしゃべっていたけれど、、

これはまたこれで、アクティブな感じで、聞いていて不快ではない。

十人十色。



わたし・わたし・わたし・・・・わたしが中心。

人に(主に夫に)乱雑な言動をした際、あとで、そんなセルフィッシュで、がさつな自分が嫌になるけど。

 

 

まあ、それも自分の性質なのだろうと、あまり分析せずに受け止めよう。

もうすぐ還暦だもの   

 <今更分析してどうする・・>

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2017年7月 4日 (火)

スロー

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車に乗るとき、ときどき、英会話のCDを流している。

英語のあとに、日本語が流れる。

なぜか、というか、当然か、日本語フレーズばかり覚えてしまう。

なかでも、お気に入りは、

「人は、そんなスローな曲では踊れないのよ。」

日曜日、お気に入りの大分の海岸線にて撮影。

以前、3回出かけたことのある、大好きな場所。

潮が引いたあとの砂地の模様が面白い。

抽象的な感じが好きで、ファインダーを覗いていると、別の世界へと行ける感じ。

今回は、波をスローシャッターで写し取りたいという目的を持って、炎天下の砂浜で潮が引いている時間、一生懸命撮り歩いた。でも、なかなか難しい。

引いていく波が創り出す模様は、二度と同じものはなくて、だから予測もなかなかつかなくて。そこが、不思議で、本当に、面白くて難しい。

そして、そのとき、頭の中では、なぜか、英会話日本語版フレーズがグルグルグル。

「人はそんなスローな曲では踊れないのよ。」

人の脳も不思議。

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2017年6月10日 (土)

近しい関係

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5月、オープンガーデンに出かけた折、出会ったカエルちゃん。

ものすごく、いきもの好きというわけでもないけれど、人間以外の動物を見ていると面白い。

じーっと見ていると、どこか、近しい関係にあるように感じる。

考えることは、人間の専売特許ではないのかもしれないとも思う。

カエルちゃんも・・

われ思う ゆえにわれあり・・・的雰囲気。

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苺のお月さま

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ストロベリームーンという可愛い響きに惹かれて。

海から顔を出すところを思い描いていたけれど、もやっとしていて、顔を出してはっきりと色が出てくる頃には、ずいぶんと上の方に。

場所をあれこれ変えてみたり、結構一人で粘った2時間半。

午前中は、サギのコロニーで、やはり一人で2時間粘った。

暇人。

ヘトヘトで、撮影結果という意味の収穫はあまりなかったけれど、なんだか気ままなプチ放浪は楽しかった。

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