2017年7月29日 (土)

気力

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レーザービーム!

と、息子たちが遊んでいた頃が、ずいぶん昔のような。

お母さんだった自分を、ときどき忘れてしまう。

でも、確実に、鏡の中の私は、おばあさんの道を突き進んでいる。

気力でもって、このおばあさん道から逃れたいとまでは思わないけど、気力でもって、わたしはわたしの道を行きたいとは思う。

昨日、相田みつお展覧会を美術館でゆっくり見た。

心を和ませるような言葉は、まあ、そうですね・・という気持ちで拝聴。

それよりも、おのれの未熟さについてクドクドあれこれ語りつつ、『一生勉強一生青春』(相田みつお展覧会より・・・)というような、這ってでも進みたいというような、青臭さ泥臭さを、より身近に感じる。

歳をとってからの気力は、ときに、はた迷惑なこともあるだろうけれど。

歳をとっても、レーザービーム!!と、自分への熱気を発射する人は面白い。

いい人ね・・と言われるより、おもしろい人ねと言われたいのか?

・・いや、言われたいというより、誰かからどう思われるとかいうことよりも、

心の中で、シュポっと炎を燃やし続けるような、孤独な心に憧れる。

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2017年7月22日 (土)

浜木綿

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下関 角島で浜木綿が満開と聞き、出かけた。

夜10時過ぎまで、星と浜木綿と灯台を絡めて、写真ともだちと撮影。

写真の出来は、そんなによくなかったし、蚊にもさされるし、脱水症になりそうだったし、汗と海風でベタベタになるし、決して快適なことばっかりではなかったけれど、楽しかった。

わたしは今年が初めてだったけれど、今年の浜木綿は、例年よりも花付きがよいそう。

角島は高校生の頃、まだ橋が通っていなくて、船で渡って泊りがけで合宿をしたところ。

今も美しいけれど、あのころは、観光地化されていなくて、素朴で、透き通ったコバルトブルーの海に囲まれて長閑で、自分たちも能天気で平和だったことを思い出した。

今も能天気だけど、やっぱりあのころみたいな能天気さは還ってこない。

それはそれで、幸せなのかな。

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2017年7月18日 (火)

向こうの世界

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小説「蜜蜂と遠雷」が面白い。

ピアノコンテストが舞台。

小説の影響を受けて、最近、久しぶりに、いくつかのピアノコンチェルトのCDを引っ張り出して、聴いてみた。

こんなによかったんだなと、改めて。忘れていたというより、年齢を重ねたから感じるものもあるのかも。

現実世界とは違う、目には見えないもう一つの世界。

人から見れば、だからどうしたというもの。

でも、それがあるから、現実世界も、テクテク歩いていけるもの。

年齢も、地位も、性別も、なにも関係のない、もう一つの世界。

プロと呼ばれる人が到達する世界は、想像もつかない。

けれど、その人たちが導き展開してくれるものを愛していくことはできるのだな。

・・・と、当たり前のことに感心している酷暑かな。

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2017年7月15日 (土)

平常心

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久しぶりに、帰省している学生時代の友人二人とランチ。

親のこと、子どものこと、孫のこと。それぞれの近況を語り合った。

一見、一番たいへんそうな(仕事もして、遠距離介護もして、近所に住む子や孫の生活の手助けをしている)友人が、一番淡々としていて、ほぼ聞き役。

この穏やかさは、持って生まれたものなのかな。

もう一人の友人は、ガンガン家族の愚痴をしゃべっていたけれど、、

これはまたこれで、アクティブな感じで、聞いていて不快ではない。

十人十色。



わたし・わたし・わたし・・・・わたしが中心。

人に(主に夫に)乱雑な言動をした際、あとで、そんなセルフィッシュで、がさつな自分が嫌になるけど。

 

 

まあ、それも自分の性質なのだろうと、あまり分析せずに受け止めよう。

もうすぐ還暦だもの   

 <今更分析してどうする・・>

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2017年7月 4日 (火)

スロー

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車に乗るとき、ときどき、英会話のCDを流している。

英語のあとに、日本語が流れる。

なぜか、というか、当然か、日本語フレーズばかり覚えてしまう。

なかでも、お気に入りは、

「人は、そんなスローな曲では踊れないのよ。」

日曜日、お気に入りの大分の海岸線にて撮影。

以前、3回出かけたことのある、大好きな場所。

潮が引いたあとの砂地の模様が面白い。

抽象的な感じが好きで、ファインダーを覗いていると、別の世界へと行ける感じ。

今回は、波をスローシャッターで写し取りたいという目的を持って、炎天下の砂浜で潮が引いている時間、一生懸命撮り歩いた。でも、なかなか難しい。

引いていく波が創り出す模様は、二度と同じものはなくて、だから予測もなかなかつかなくて。そこが、不思議で、本当に、面白くて難しい。

そして、そのとき、頭の中では、なぜか、英会話日本語版フレーズがグルグルグル。

「人はそんなスローな曲では踊れないのよ。」

人の脳も不思議。

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2017年6月10日 (土)

近しい関係

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5月、オープンガーデンに出かけた折、出会ったカエルちゃん。

ものすごく、いきもの好きというわけでもないけれど、人間以外の動物を見ていると面白い。

じーっと見ていると、どこか、近しい関係にあるように感じる。

考えることは、人間の専売特許ではないのかもしれないとも思う。

カエルちゃんも・・

われ思う ゆえにわれあり・・・的雰囲気。

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苺のお月さま

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ストロベリームーンという可愛い響きに惹かれて。

海から顔を出すところを思い描いていたけれど、もやっとしていて、顔を出してはっきりと色が出てくる頃には、ずいぶんと上の方に。

場所をあれこれ変えてみたり、結構一人で粘った2時間半。

午前中は、サギのコロニーで、やはり一人で2時間粘った。

暇人。

ヘトヘトで、撮影結果という意味の収穫はあまりなかったけれど、なんだか気ままなプチ放浪は楽しかった。

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2017年6月 6日 (火)

世界はあれこれ

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遊ぶ保育園児たちを遠景で。

細胞分裂の話で、細胞が分裂して、その一つ一つがそれぞれに大きくなっていくという話を擬人化してしまうのは、孫ができたからかな。

価値観は、人の数だけ。

塊で見ている人たちも、その一人ひとりと話をしていると、それぞれの価値観やスタイルがある。

自分の元気がよいときは、

一人ひとり、それぞれの人生があるのだなあ・・と感慨深く思うのに、

自分の元気がないときは、その一つ一つの想いがきつい。

それぞれの考え方を受け入れようとムリをすると、だんだんだんだん疲れてくる。

そういうときは、穴に籠って、読書に限る。

今、ある随筆を読んでいる。片山廣子の【燈火節】

この随筆の感想を書いた文章もとてもよかった。

今よりも、年齢を重ねていって、周りの環境も変化していき、そのときどんなことを思うのかは想像もつかない。

想像もつかないけれど、今の自分の延長線上なんだと思うと、今の自分を甘やかすという意味ではなくて、大切にしようと思う。

そんな風に思わせてくれる本。

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2017年5月15日 (月)

雑感

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二週連続で、棚田へ。

私が住む山口でも、棚田が減少していると聞く。

写真撮影という趣味で出かける分には、棚田の美しい景観が減っていくなんて残念などと、無責任なことが言えるけれど、これを維持するのは、大変だろうと、たった二回の訪問でも思った。

作物ができる状態に土地を維持するには、細やかな配慮が必要なのだなと、小さな私の庭だけを見ていても思う。

比較の対象にもならないけれど。

この春、畑仕事が上手な写真友達から、苗をいろいろもらってきて、今年はもうちょっと楽しもうと張り切っている。

そうは言うものの、土つくりは、そんなに簡単にできるものではないのだなと思う。

なんでも、そうかな。

急に結果が出ないからこそ、面白みがあるというもの。

棚田の撮影で、<まだまだ未熟だあ>と思い知って、マイ写真ライフの土壌開発にも、気合が入った日曜日。

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2017年5月 1日 (月)

欲張り

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欲張らずに、ひとつずつのことに向き合っていたい。

なんてこと言いながら、どうして、あるとき突然、ものすごく欲張りになって両手を広げてしまうのでしょう。

渦の中でぐるぐるなっては、ふーっと静かに沈殿。

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