2017年3月16日 (木)

春は一気に

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まだまだ寒いことは寒いけれど、

でも、庭のあちこちから、ひょこひょこと、芽が出てきて、

鼻もむずむずしてきて、

散歩をすれば、ほんわか花の香がしてきて、

やっぱり、春は、いくつになっても、心弾みます

先日、実年齢よりも5歳以上、大人に見られてしまって、何ですと!と思った。

そして、そのことを、娘、年下の友人、同級生の友人の3人に訴えたら・・・その反応がどれもこれも。

それは気の毒とか言いながらも、その言葉の奥に、ほの見えてくる

【59歳も65歳も、大して変わらんのではないか??何を騒いでおるのだ??】という疑問フ。

確かに。

<年令なんて超越したの、わたし>などと言ってる割には、これしきの事で動揺するとは、わたしもまだまだじゃの~~。

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2017年3月 2日 (木)

梅と桜

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先月、平尾台へ山焼きを撮りに仲間と出かけて、そのとき、梅園に寄り道。

まだ、花は満開ではなかったけれど、たくさんの人が訪れていた。

江戸もの小説を読む楽しみの一つに、当時の庶民の楽しみの描写がある。食べること、物見遊山に出かけること。

梅が咲いた、桜が咲いた・・と、いそいそと花見に出かける楽しさ。

写真を撮るぞ!と鼻息荒く出かけてばかりでは、そのささやかな喜びを味わえないように思うときもある。

そうは思いながらも、今年の梅、今年の桜・・と、写真撮影のために、追っかけることへの憧れ。

素人さんの遊びなのに、ムキになるのは滑稽とは思いつつ、ムキになって一年が過ぎていくのも、面白いと思う。

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2017年2月28日 (火)

しごと

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美容院へ。

かれこれ2年くらい担当してもらっている男性美容師さん。

見かけは、今風な感じだけど、心の中は職人風。

仕事のことを、一日中考えている感じで、街を歩いていても髪型が気になりますと、以前話していた。

生業とは言え、大部分の時間を費やしているのだから、それを好きになれるのは幸せ。

わたしは美容院であまり話をする方ではないし、美容師さんもトークはニガテタイプみたいだけれど、本日は、ひょんなことから、好きなことに熱中できる楽しさに年齢はない・・という話で、少々盛り上がった。仕事とか趣味とか関係なく。

帰り道、知り合いの写真家との雑談を、ふと思い出した。

仕事では、さまざまなものを撮るそう。行事の記録写真、証明写真、カレンダー写真・・。

仕事の写真と、自分が撮りたいと思う写真に矛盾を感じたり、悩んだりしませんか?と聞いたことがある。

すると、写真は写真であって、自分にとっては同じですよ。頼まれた写真も自分が撮りたい写真も、撮ることには変わりはない・・と、さっぱりとしたお答え。

たぶん、そうは言っても、仕事をもらう立場である以上、おもしろくないことを言われたり、理想と現実のギャップとかもあると思うけれど、そんなものは、もうとっくに、乗り越えてきているのかもしれない。

でも、淡々としているようで、同じ場面で撮っても、同じ場面とは思えないほど、じんとくる熱さが感じられる写真を見せてもらうと、強い人だなあと思うし、写真は写心なのだなと思う。

今あることをちゃんとこなしていく先に、もしかすると、思いもかけない未来はあるのかもしれないし、ないのかもしれないし。

すてきな未来があってもなくても、日々淡々と、日々満足に、日々安らかに、日々健やかに。

・・・そして、ときおり、心熱く。

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2017年2月 1日 (水)

さまざまな立場

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秋吉台にて。

下関の、とりわけ、歴史的なものが多い地域に近く住んでいると、幕末から維新にかけての話を、耳に目にすることが多い。

日本史アレルギーだった学生時代。常識的な知識すら欠落しているから、聞くものすべて珍しい。

長州藩の人材の豊富さに驚くことが多い。
また、先日、鹿児島へ旅したときには、薩摩の人々の誇りに少しだけ、触れることもできた。

ところで

ここのところ、朝井まかて氏の小説に夢中で、手当たり次第に読んでいる。

先日、直木賞を受賞した【恋歌】を読んだ。この小説は、直木賞受賞の折に、叔母から借りた文藝春秋で、一部を読んだきりになっていた。

今回、改めて単行本で読んだ。以前読んだのは、ほんの序章だったことに改めて気づく。

読み終わって、驚くことが多かった。

水戸藩における、幕末の動乱。

ひとことで感想を言えない。

歴史解釈の難しさ、こわさ、必要性。
大きなうねりの中に、ただただ巻きまれていった人たち。
信じたこと信じようとしたこと。

・・などなどが、頭の中でぐるぐる。

日本史は資料集が難しくてキライ!などと言ってた高校生の頃のわたしに、喝!を入れたいくらい。

でも、かと言って、あのころ、日本史をもっと学んでいたとしても、いろいろな立場からの歴史解釈ができたとも思えない。

せめて、今知りうることだけでも、知っていけたら。

なんでも、鵜呑みにしないように、視野をせせこましくしないように・・心を耕さねばいかんなあと思う。

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2017年1月23日 (月)

ごろごろ

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久しぶりに、風邪で発熱。

木曜日あたりから、喉がイガイガしていたから、葛根湯をのみ、できるだけ温かくして過ごしていたのに、金・土と微熱に悩まれた。

そろそろ治るころかと思っていたら、日曜に高熱。

木・金・土・日・・・ごろごろごろごろ、ごろごろごろごろ。

美味しくご飯を食べられること、
家事を、何も考えずにこなせることは、
しあわせなことなのだと、こういうときには思う。

しあわせなことだとは思うけど、

月曜日、平熱になっても、ごろごろ癖は治らず。

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2017年1月22日 (日)

ドキドキ

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美祢市の山道にて

SNSは(とりわけFBは)私にとって、よい点よくない点がある。でも、いいとこ取りでいけばいいよね・・と思いつつ、付き合っている。

意味のない嫉妬心や妬みに襲われることも勿論ある。

でも、ときどき、ズコーンと心臓一突きみたいに感動する出会いもあるからやめられない。

先日、自分のところまでしっかりと降りてきてくれる、プロ写真家の写真論を読んで感動。

「感動すると、ドキドキしてくるよね!」と、夫に訴えたところ。

<ドキドキ>なんて、記憶にある限り、ここのところないねえ・・と、つれないお返事。

実務面において、わたしより長けている夫は、そうなんだな。

威張っているわけではないけれど、私はドキドキする。

流れる雲に、木々の光に、霧に包まれた山々に。小説に、詩に、写真に。

このドキドキがあるから、文を書いてみたり写真を撮ってみたりする。

そして、挑戦しては玉砕するけど、玉砕することが楽しい。

だから、実務面がダメだというのは、言い訳かもしれないけど。
お金の計算ができない、レポが書けない(関係ないか)

かつて、実務面において、<できる人>と言われたいという色気を出して、役割というものに、挑戦してきたこともあるけれど、結局、余裕のない私は、がんじがらめになったり人を追い詰めたりした。

その人なりの、分というものは、確かにあると思う。

自分の不足を補うべく、努力することも大切だけど、

もう、60歳を前にして、あきらめた。

できない奴というレッテルを貼られてもよい。

もちろん、だからと言って、人より感性が豊かだなどと思ってはいない。

だから、人を押しのけたり、人を傷つけたりしつつ、遂行すべきことなんて、一つもないとも思う。

でも、そんなこんな、ぜんぶ、宙に浮べて。

なんてことないけど、わたしには大切なドキドキを探して・・・毎日の暮らしを大切にしながら、あるときは、思いっきり、アホになりたい。

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2017年1月20日 (金)

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秋吉台方面、青景という霧の多い町にて。

今晩は、雪になるかもしれない。

本日は大寒とか。

庭には、春の兆しが、少しずつ。

チューリップの芽が出てきているし、梅も咲き始めているし、クリスマスローズの蕾も、どんどん膨らんできている。

そんな発見が楽しい。

今読んでいる本、南杏子著 「サイレントブレス」 

在宅医療・終末医療。答えはひとつではない問題だろうけれど、自分だったらどうだろうと思いながら読み進めている。

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2017年1月19日 (木)

こだわり

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種子島 千座の岩屋

昨年、身近なところで、出会いや別れがあった。

孫が誕生したり、近しい人が亡くなったり。

人生の先輩が、人の一生なんてあっという間よ・・などと言ってるのを聞いたりもするけれど、実際のところは、あっという間なんかではない。

人から見たら、どんなに平凡な人生でも、山あり谷あり。

自ら仕掛けなくても、ドラマが待ち受けている気がするこの頃。

<こだわり>というものは、人に対して示すものではなくて、本能的に選んでいるものなのかなと思う。

好きなことは何だろうとか考えなくても、いつの間にか選んでいるのだろうな。

ほかの人の眼を意識した<こだわり>をさっぱりと全て捨て去ることはむずかしい。

それとも、それは、<こだわり>とは呼ばないのかな。

<俺のこだわり>=<俺ってこんな奴>というアピールなだけなのかな。

こだわりは、あって当たり前のものなのかな。

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2017年1月18日 (水)

平安

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山陰の夕陽(新年なのに、夕景)

お正月の余韻冷めやらぬ、14日土曜日に、長男が結婚。

あわただしく、東京と自宅を往復。

人間関係について、結構こだわりがある方だった私。

実は、大切な息子が結婚するとき、どんな風に自分がなってしまうのか、自分で自分が心配なところもあった。

でも、現実にその日が来てみると、結構平常心。

自分は、なんだか、少し変わったなと思う。

こうありたい!こうあるべき!という思いが、ストンとなくなった感じのこのごろ。

ややこしい思いは抜きで、平安な雰囲気に浸った。

今回は、短い東京滞在だったけれど、富士フォトコレクションとして展示されていた、入江泰吉氏の大和路の写真を、生で見ることができた。

改めて、好きだなと思う。

その静かな風景から、ひたひたと押し寄せてくる雰囲気に、しっかりと浸りつつ。

写真と共に掛けられていた入江泰吉氏の言葉に、改めて向かいあった。

そして、この想いに惹かれて写真に興味を持ったのだと、改めて思い出した。

小さな再会が、ちょっと幸せな初春。

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2017年1月 9日 (月)

好きな本

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秋吉台 日の出を待つひととき

今、朝井まかての小説が気に入っている。

中でも

葛飾北斎の娘を題材とした【眩】と、
井原西鶴とその娘を題材とした【阿蘭陀西鶴】

どちらも、後世にまで名を残したけれど、自分自身はお金とは縁がなく、ただ、創作に向かっていく人間臭い姿。

北斎も西鶴も、人間的にはどうだろう・・というような姑息な側面をもっているけれど、同時に、人を思う、娘を思う、まっすぐな側面もあって、そこが魅力。

嫌な部分、ずるい部分、崇高な部分、温かい部分、冷酷な部分。

いろんな細胞が入り乱れる、

いろんな側面をもっているから、人はおもしろいのでしょうね。

まかてさんの小説は、植物や料理の描写が細やかで、そこも好き。

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