2019年9月15日 (日)

秋なのに

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秋なのに暑い毎日。

あちこちで、秋祭りがあって、少し億劫に感じながら撮影に出かけた。

出かけてみると、暑さなんて何のその、大人も子供も真剣に祭の役割を果たしているようすに感動してしまう。

 

平穏な日々を祈ることを、しみじみ思うこの頃。

 

自然の脅威を前にすると、どんなに文明が進んでも、なすすべもない時があると不安にもなってくる。

 

でも、今日出会った、長い歴史のあるお祭りで、真剣な顔で鉦を打ち鳴らしていた少年の瞳を思いだす。

いろんなことがあっても、コツコツと積み重ねてきた人間ってすごいなとも思う。

 

コツコツじわじわ幸せを手繰りよせることは、安心感がある。

 

 

 

例年以上に、安寧を祈る秋。

 

 

 

 

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2019年8月26日 (月)

夏の名残り

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今年の夏も、関門海峡の花火を撮影できた。

今年で4回目。

4回とも、場所を変えての挑戦。

 

今年は、北九州側下関側、両方を入れて撮りたいと思ったけれど、今回選んだ場所からだと、両方はムリだった。

途中、月がきれいだなあと月とコラボも考えたけど、月がちょっと遠すぎる。

 

こうすればよかった、ああそればよかった、来年はどうしようかなあと考えるのも楽しい。

 

花火は人が多いし、帰り路はどっと疲れが出る。結果は、そんなに上手な写真は撮れなかった。

 

でも、ちょっと涼しくなってきたこの頃、夏の思い出として浮かぶのは、どーんとあがって、ぱーっと咲き、静かに消えていった花火。

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2019年8月 8日 (木)

どこまでも

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友達と、未来のことは予測がつかないという話題に。

 

人生100年時代だとしたら、まだまだ、わたしは中堅どころかな。

終の棲家のつもりの我が家だけれど、体力的に維持できなくなれば、どこに住むかもわからない。

 

わからないことだらけ。

 

若いころ、60歳代と言えば、それなりの境地みたいなものに到達しているだろうと思っていたけれど、なってみればそんなことはない。

写真クラブの80歳代の写真ともだち?も、自分の作品に自信を失ってみたり悔しがってみたり、少年みたいなお顔を見せてくれる。

 

年齢を重ねるとは、年齢について考えなくてもよくなってくるということかも。

 

ある日、病に倒れて、誰かに迷惑かけるかもしれないけれど、そうなったら、なったでしかたない。

 

道は、どこまでも続くようでいて、どこにも続いていないように思えるときもある。

 

でも、どこまでもどこまでも・・・と終わりがあることは忘れて、のんきに。

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2019年8月 6日 (火)

かぞく

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所用で東京へ。長男のところに一泊して、1歳6か月になる孫ちゃんとも遊んだ。

たまたま、スーパーおばあちゃんをモデルとした小説を読んでいたので、<おばあちゃんと孫>の関係性が、今回の私の思索テーマ(笑)

 

それは、千差万別。

 

こうなりたい、ああなりたい、かくあるべし、こうあれかし

 

そういう風に、図ってどうなるものでもなくて。

 

イヤイヤ期が少し出てきた、元気いっぱいのちびちゃん見ていて、しあわせになってほしいなあと思った。

遠方に住んでいるから、私が母たちにしてもらったように、子育ての手伝いは、ほとんどできない。

 

それぞれに合った、それぞれの場所で、しあわせを感じる。

それは、わたし自身にも言えることなのだな。

 

 

スーパーおばあちゃんとまではいかなくても、なんか遠方で楽し気に暮らしているおばあちゃんとして、孫たちへ、そこはかとない周波を送っていけないものかなと思う。

 

 

 

 

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2019年7月27日 (土)

道の向こう

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ただいま、クラブの作品展期間中。

会場にいると、いろいろな人が訪れてくださる。

写真の質問も頂いたりして、写真の話をすることになるけれど、当たり前だけど、相手の方の好みによって話の角度がさまざま。

 

作品展4日目、中日に来て、刺激を受け過ぎたせいか、私が好きな写真は何なのかな?と思ったりもする。

 

演出したモデル撮影は嫌いだと思ったこともあるけれど、それはまた、違う面白さがあると思うし、パパパッと撮る町のスナップも楽しいし、もちろん、三脚を構えて撮る自然風景の移り変わりも好き。

 

なんでも楽しいときは楽しい。

 

全体的に人物写真が少なくてつまらん・・と言い切るベテランの方がいて、一瞬、失礼な人だなあと思ったけれど、それもまた、一つの感想なのだなと思い返した。

 

次のクラブ展としての目標を考えるとするならば、全体的なバランスとしてそういう意見も参考に、突き詰めていくことも大切かもしれない。

 

でも、クラブ員一人一人の<今年の発表会>として、それぞれの顔を展示して、1年間の写真ライフの無事をそれぞれ振り返る、そんな平凡で単純なこともいい。

 

頂いた意見は、スパイスとして吸収させていただく。それが、もしかしたら、どこかで知らず花咲くかも。

 

正解はないけれど、心を大きくして、向上心も忘れず、向こうに何があるのかわからない道を一歩一歩。

 

・・・・・・・・・・・と、優等生風な締めをして、心のバランス調整。

 

 

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2019年7月24日 (水)

不思議なわたし

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あずささんから質問をいただいた、砂浜の写真。

鉄分が多い砂だから干潮時に模様が濃く出てくると、説明を聞いた。

大分県の波当津海岸。

 

5回ほど、訪れたけれど、いくたびに雰囲気が違う。

波打ち際の波が引くときの繊細なようす、海藻が残って色を残すようす、なにかを表しているようなようす…etc

 

干潮時、3時間ほど、うろうろうろうろ写真を撮る。

 

飽きない。

 

めんどうくさがり屋のわたしだけれど、こういうときは、自分で言うのもなんですが、根気良い。

 

自分の中から、不思議なわたしが顔を出してくるような。

 

目的があるわけではないから、根性も必要ない。

 

好きなことは苦にならないのですね。

 

ちょっとした片付け、写真の整理、衣類の整理、棚の整理、庭の草取り・・・

 

苦になることは、たくさんあるけれど。

 

撮りっぱなしになりがちな自分の、次の一歩について、もっと努力したいけれど、

 

撮っているときの楽しさは封印せず、自由自在な瞬間の不思議な私も大切にしたい。

 

 

 

 

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2019年7月16日 (火)

反省会

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昨日、人と長い時間おしゃべりをして、楽しくはあったのだけれど、帰ってきてから気分がすぐれない。

なぜかなあと思い返すに、人の悪口を少し言い過ぎてしまった。

 

悪口を言うときは、「言いたい、言いたい」の気持ちが勝っている。

あとから、気分が悪くなる。

 

自分を過大評価しているのだね。悪口を言ったりしない清らかな自分というものに、未だあこがれている。

 

今朝、目覚めて、まだ、なんだか、いやな気分だったけど、『わたしは、その程度の人間なんだよな~』と口にしてみたら、少し気分がよくなった。

 

どうしようもない奴だなあ・・と自分で自分に突っ込みを入れながら、

 

一人反省会。

 

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2019年7月14日 (日)

趣味とは

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趣味とは。。

Wikipediaによると、「人間が自由時間に、好んで習慣的に繰り返しおこなう行為~事象やその対象のこと」

とのこと。

 

私が【好んで習慣的に繰り返し行うこと】は、<好きな小説を読むこと><好きなテレビドラマを見ること>

 

<写真を撮ること>や<山歩き>は、習慣的ではなく、意思をもって、少し前向きにならねばならない。

 

そのどちらか一方ではなくて、両方を行ったり来たりすることが心地よい。

 

趣味とは。。

 

楽しくいられること・・に尽きる。

 

 

 

 

 

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2019年7月13日 (土)

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久しぶりに会う人との会話は、あれれ・・と話の途中で不思議な感覚になることがある。

 

何十年ぶりに会う人は、互いに、何十年前の相手をそこに見ている。

 

今の私のことが、私にはすべてなのだけれど、相手から見ると、それは変化した私なのだろう。

 

先日も、<おとなしい人>だと思っていた・・と言われた。

コンプレックスの塊だったわたし。できるだけ、感じのよい人に見られたいと思っていた。

 

もちろん、今も感じよく振舞いたいと自動操縦してしまうし、コンプレックスは消えてないけれど。

ただ、<それがどうした・・>みたいなコーティングが、ほどこされてきたかもしれない。

 

簡単に言えば、

 

どう見られてもかまわん・・部分が色濃くなってきた。だから、ある人から見れば、感じが悪いところもあるだろう。

 

でも、そんな今の自分が、ちょっと好き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年7月10日 (水)

刻々と

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先日、大分宮崎へ出かけて、風景はどんどん変わっていくのだと実感した。

ある海岸線を見下ろす場所には木が生い茂り、視界が遮断されてしまった。美しい輪郭線の茶畑は一部が茶色く枯れていた。

自然の移り変わり、人の暮らし方の変化などなど。

自分だって変わっていないようで変わってしまっている。

 

50年60年なんて、あっという間だというものの、思い返してみれば、変わっていないつもりでも、確かに私の中で変わってしまったものがある。

外見の経年劣化は当たり前ながら、心の変化も、一日一日の一年一年の出来事や出会った人などから影響を受けている。

高校時代の友人たちと会う機会が増えてきた。

あの頃の私たちと変わらない、かけがえのない絆もあるけれど、変わった私たちだから分かり合えることもある。

時が味方してくれるように、血液だけでなくて心の中も、さらさらと流れをよくしておかなくては・・

 

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