2020年4月18日 (土)

小さな暮らし

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この季節は、お出かけの季節だけれど、遠いお出かけができない今、行動範囲は狭くなる。

狭くなったらなったで、楽しい。どこか出かけなくては!という、強迫観念みたいなものがない。

 

チマチマ とした暮らしは、好き。

 

ただ、これが、ずーっととなると、やっぱり寂しい。

 

朝起きて、体操しながらワールドニュースダイジェスト版を見る。

今は、コロナ問題が中心。フランス・イギリス・ドイツ・スペイン・中国・韓国が主なニュースだけれど、それぞれのお国柄・事情があるのを感じる。担っている政権の有能さ無能さも感じる。

けれど、垣間見える庶民のレポートが、一番興味深い。

 

海外旅行へ行っても、人の暮らしが気になる。名所旧跡も好きだけれど人が暮らしている雰囲気を感じると、楽しい。

 

小さな暮らしを、せっせと快適にしようとする。

 

批判が批判をうむ、相手を負かすことばかりの舌戦を見ると疲れる。

 

<なってしまったものはいたしかたなし><では、どのようにしていくか>と、目の前のことを、まず対処していく人の言葉には、未来を感じる。

 

歴史を見るとき、こんな苦闘の時代があったのかと驚くことがあるけれど、今も、後世の人から見ると、結構苦闘の時代なのかもしれない。

 

自分に何ができるのか、

そのあたりを考えつつ、冷静に淡々と、小さな暮らし。

 

 

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2020年4月 9日 (木)

二度とない春

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この4月、思いがけず夫が三泊四日の入院。

 

元気印の夫、結婚以来、初めての出来事だったけれど、入院一日目にはいつもの夫に戻ってのマイペースぶりに感心するやら、あきれるやら、安心するやら。

病院をせかしたらしく、予定よりも早くなった退院の日、ぐるっと遠回りをして桜巡りのドライブ。

 

青空のもと、満開の桜を見ていて、季節は同じように巡ってくることを実感。

 

人間は、行動自粛したり、情報に振り回されたりしているけれど、自然は動物は、いつもの春と変わらない。

変わらないようでいて、今年の春は一度きり。

メジロちゃんを見習って、今ある幸をじんわりと満喫しよう。

 

 

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2020年3月31日 (火)

知れば知るほど

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秋吉台に、何度か出かけているけれど、行けば行くほどに好きになる。

 

 

ど真ん中を道路が走っているし、昼間は観光客も多い。

 

それなのに、どこか手付かずの雰囲気がある。

 

山焼きの直後は異世界を思わせる雰囲気を漂わせ、しばらくすると、新しい命があちこちから芽吹いてきて生命を謳歌している感じ。

 

 

星を撮影するために中で夜を過ごしていると、なにか、原始的な世界に紛れ込んだような気配がする。

そして、夜明け前から、だんだんと色を帯びてくると別の命が噴出してくる。

 

カルストの存在感なのか。

 

まだまだ、私にはわからないことがたくさんたくさん。

 

それが、魅力なのだな。

 

 

 

 

 

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2020年3月27日 (金)

物語の力

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図書館から手当たり次第という感じで借りてきた本の中に、「レモンの図書館」というイギリスの物語があった。

ヤングアダルト向けの小説。

大人向けでもない子供向けでもない物語。

 

母を亡くした本が好きな少女が主人公。

父と二人暮らしだけれど、その父は、妻を亡くした悲しみを受け止めきれず、<心を強くすること>で自分も娘も立ち直れると信じ込もうとして、いつの間にか通常ではない状態へとなっていく。

 

その父を支える少女が、たくましくて繊細で、泣けてくる。

一人でも大丈夫と自分に言い聞かせていた少女が、転校してきた、やはり本好きな少女とその家族との交流で、だんだん、心がほどけていく。【ものがたり】の魅力が、大きな軸になっている。

 

大人の面倒を見なければならなくなった子供が、日本にもたくさんいると聞く。聞くけれど、目の当たりにすることがないので実感はない。

 

子どもも大人も、心という不可思議なものを抱えて、助けたり助けられたり。

 

少女が、強い心で耐えて、耐えきれずに壊れそうになって、人の温かさと人を思う気持ちで立ち直り、ふたたび心が広がっていく描写が、とてもいい。

 

お涙頂戴ではない、等身大の成長物語。

 

 

 

図書館閉鎖がなければ、もしかすると出会えなかった本かもしれない。

 

<物語>との出会い、運命論者ではないけれど、やっぱり信じたくなる。

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2020年3月21日 (土)

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春の楽しさは、やっぱり芽吹き。

 

庭の草取りが苦手だけれど、うずくまって地面に近づくと、小さな芽が出てくているのに気づく。

健気であり、野生の力。

 

人間関係であれやこれや、勝手な思い込みで悩むことから、なかなか逃れられないわたし。性格なのだな。

逃れられないけれど、もうだめだなあと思ったとき、そこからとっとこ逃げ出すことができる。

 

環境から逃げられない植物も、種を飛ばして、新しい環境へと旅立つ。

春は旅たちの時でもある。

 

のびやかに、自分の心地よいところへ移動して移動して、また戻ってきたりして。

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2020年3月11日 (水)

しずかな時間

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世の中では、行事が次々と中止延期になっていく。

図書館も、2週間の閉鎖。

 

本を限度ギリギリまで借りてきて、本を読んだり片付けをしたり、山へ行ったり、自然の中で撮影をしたり。

 

静かな生活。

 

こうなると、自分が何を欲していたか、はっきりと見えてくる。

 

人が多いところへの外出は、まったく?ほとんど欲していない。

 

凡人は、仙人みたいに生活するわけにもいかないけれど、マイペースな生活ができることは、もしかして贅沢なことなのだな。

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2020年3月 3日 (火)

あいまい

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久しぶりに家族が増えた三か月。

娘とは言え、離れて暮らした年月も長くなり、ちょっとは遠慮もある。そう考えてみると、口うるさいとか文句を言いながら、夫という存在はこの世の中で、もっとも遠慮のない存在なのかも。

 

それはともかく、

 

三か月、趣味の世界など自分の世界とほぼ離れていると、自分が悩んでいたことなどを、ちょっと俯瞰することができて、そういう意味ではよかったなあと思う。

 

俯瞰してみると、自然体でやっていたつもりのことも、なんであんなに気張っていたんだろうと思う。

 

写真を趣味としている人は、この世の中にたくさんいるのに、いつの間にか、小さな小さな世界で八方ふさがりみたいな気持ちになってくる。(小さな世界というのは、自分の気持ちという意味で。)

 

あいまいな気持ち、中途半端な気持ちで、いいじゃあないか。

 

中途半端だなあとか、ガッツがないなあとか言われると、負けん気魂がむくむくっと湧いてきてしまう。

 

負けん気も私の大事な一部だけど、負けん気が邪魔をする場合もある。

 

今更、ピュアにとか、そいういう気持ちの悪いことは思わないけど、ただ、趣味の世界では、<楽しい~♪>と思える状態をキープしていきたい。

 

 

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2020年2月12日 (水)

ぼんやり

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むすめの里帰り出産も終了。

関西まで送りに行き、お宮参りを済ませて、ついでにちょっと小旅行をして帰宅。

 

また、夫婦の静かな時間に戻った。きっと淋しくなるよと夫は言うけれど、淋しいというよりぼんやり。

 

まだまだ片付けなくてはならないものもあるし、今まで棚上げにしていた用事も済ませねばならないから、結構忙しいのだけれど、頭がぼんやり。

 

娘が帰省して約3か月。毎日毎日、家事にいそしんでいた。孫の遊び相手をして赤ちゃんのお世話もして、来客の応対もして、アタフタあたふた。寝る前のひととき、大好きな小説をちょっと読むのが小さな楽しみという時間なのに、疲れて寝落ちしてしまうことが多かった。

若かったときは、『一人の時間が欲しい!』と切望していたなあ~。

 

一人の時間がたっぷりの日々に戻って、ほっとしたかと言うと、そうでもない。

もちろん、あんなに忙しい日々が続いたら体がもたないと思うけれど、家事の楽しさに今更ながら目覚めてもいる。

 

目覚めてしまったというとキレイごとだけど、日々の暮らしを大切にすることが、やっぱり心の平安につながると実感。

 

『写真を撮ることに情熱を傾けているわたし』は、いずこへ。

 

いずこかへ消えてしまったわけではなくて、劇的な光景だけではない、静かな光景を、日々の暮らしの中で、ゆっくりと一人で撮ってみたいなあと思う。

 

こんな状態を、疲労というのでしょうね。

 

しばらく、なんにもしないで、ぼわーっとしていよう。

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2020年1月28日 (火)

たび心

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海外のテレビ番組が好きでよく観る。行ってみたいなあというのが、いつもの感想。

ときどき、ある先輩の、<海外の紀行番組を観るのが好きよ。行けなくても、気持ちが晴れ晴れとしてくるのよ。>という言葉を思いだす。

その先輩は、お母さまの介護で、海外どころか、外出もなかなかままならない。

深く知り合っているわけではないので、その方の表面しかしらないけれど、会うたびに、なにか清々しい心持ちになる。

 

経験値の豊富な人も沢山いるけれど、経験値だけがその人を作っているのではないのだなと感じることも様々。

まわりの人の言葉を遮って、自分の経験談を語る人を見ると、経験っていったい何かなあと思うこともある。

 

 

いろんなところへ行って、見てみたい。でも、行けなくなったとしても、自分の庭での半日も味わえる心でいたい。

 

 

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2020年1月22日 (水)

答えは探さない

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3歳の孫の世界に付き合っていて、そうだったなと子育て時代を思い返す。

教育に正解はないし、人生にも正解はない。

 

昨日、保育園でのある光景を思い出したのか、昨日の夕方、庭で拾った小さな枝三本を使って、『きれいな音を作りましょう~♪』と掛け声をかけるように、私に何度も求めてきた。

 

タクトを振るように、枝一本を斜め上にかざして、私が『きれいな音を作りましょう』と言うと、孫が日本の枝で、部屋の中の箱などをそっとたたいている。

何回目かの遊びのとき、レースのカーテンをそっとそっとたたいているのを見て、小さな子には音が聞こえているのかなと思った。

 

そこに天賦の才を見たとか、そういうことではないのだけれど、もちろん。

 

こういう心をいつまでも大切にするにはどうしたらよいのだろうと思ったり、そういう心だけでは生きていけない大人の日々について、取り越し苦労をしてみたりする。

 

正解は求めないと言いながら、あれやこれやと正解への道すじを考えてしまう。

 

もちろん、親ではないので、無責任な発想だけれど。

 

考えずに、一瞬一瞬を感じていよう。

 

遠くから見守りながら、祈るだけ。

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